2025年2月、イーロン・マスク氏率いる投資家グループがOpenAIの非営利部門に対し、974億ドル(約14兆8000億円)での買収提案を行ったというニュースが飛び込んできた。
Elon Musk-Led Group Makes $97.4 Billion Bid for Control of OpenAI
マスク氏は「OpenAIを、かつてのようにオープンソースで安全性を重視した善き存在へと戻す時が来た」と語っている。かつてOpenAIの創設に関わっていた彼が、なぜ今になってこの発言をするのか──。
それを理解するためには、彼の過去の手法やプロパガンダ的な戦略を分析する必要がある。
OpenAIの組織構造
OpenAIは2015年、イーロン・マスク氏やサム・アルトマン氏らによって、非営利組織として設立された。その目的は、安全で全人類に利益をもたらす汎用人工知能(AGI)の構築。
しかし、AI研究の進展と共に必要な資金が増大し、2019年には営利部門であるOpenAI LPを設立する。この営利部門は、利益に上限を設けつつ、非営利部門であるOpenAI Inc.が管理・監督するという独特の構造を持っている。
さらに、2024年12月には、営利部門をデラウェア州の公益法人(PBC)に転換する計画が発表された。これにより、より多くの資金調達が可能となり、AGIの開発を加速させる狙いがある。
しかし、この動きは、当初の非営利的使命からの逸脱と捉えられる可能性もあり、議論を呼んでいる。
ちなみに、OpenAIの共同設立者の一人であるマスク氏は2018年に同社を離れ、自身のAI企業であるxAIを設立し、AI分野での活動を続けている。
買収計画の実態と影響
今回の買収計画では、非営利法人が株式を保有する形となる予定であるが、その評価額をどう算定するかが大きな問題となっている。この評価額が高くなれば、マスク氏または新たに非営利法人を運営する人物が、新しいOpenAIにおいて大きな影響力を持つことになる。
また、マスク氏のAI企業xAIがこの買収を支援しており、仮に取引が成立すれば、OpenAIとxAIは統合される可能性がある。これは「OpenAI vs. xAI」という競争を終わらせ、マスク氏の影響力を最大化するための一手と考えられる。
サム・アルトマンの反応と心理戦
この状況に対し、OpenAI側も黙ってはいない。ソフトバンクと共にStargate向けの資金調達を進めている ものの、マスク氏の買収提案が浮上したことで投資家の不安が高まり、調達が難航する可能性がある。
そんな中、サム・アルトマン氏はX(旧Twitter)で次のように反応した。
「いいえ、結構です。もしあなたが望むなら、Twitterを97億4000万ドルで買いますよ。」
no thank you but we will buy twitter for $9.74 billion if you want
— Sam Altman (@sama) February 10, 2025
この返しは、まるで「マスクの買収劇は茶番だ」と言わんばかりである。心理学的に見ると、これは 「相手の論理を逆手に取り、皮肉を込めて無効化する」 というテクニックである。特に、XをTwitterと呼んでいる部分には大きな意図を感じざるを得ない。
買収提案の実現可能性と課題
OpenAIの独特な組織構造を考慮すると、マスク氏の買収提案の実現は容易ではない。非営利部門が営利部門を管理・監督しているため、単純な買収は困難。さらに、営利部門の利益には上限が設けられており、投資家への利益配分にも制約がある。このような構造上の複雑さが、買収のハードルを高めている。
また、マスク氏はOpenAIの営利化に対して批判的であり、同社が当初の非営利的使命から逸脱していると主張している。彼は法的手段を通じて、OpenAIの営利化を阻止しようとしているが、その結果は不透明である。
イーロン・マスクのプロパガンダ戦略
イーロン・マスクはこれまで、対立を生み出し、それを自身のブランド戦略に活かす手法を繰り返してきた。彼の得意とするのは、明確なヒーロー vs. ヴィラン──つまり、善と悪の構図を作り、自身を革新者・改革者のポジションに置くことである。
たとえば、テスラを立ち上げた際には「化石燃料 vs. 電気自動車」、スペースXでは「NASAの官僚主義 vs. 民間宇宙開発」という対立を前面に出して話題を集めた。今回のOpenAI買収劇でも、「オープンなAI開発 vs. 閉鎖的な企業主義」 という構図を作り、世論を味方につけようとしていると考えられる。
今回の件といい、X上で事あるごとにサム・アルトマンのことを「詐欺師」と罵ったりする背後にあるのは、単なる個人的な対立というよりは、自身のxAIを優位にするための戦略的発言と考える方が合理的である。
Scam Altman
pic.twitter.com/j9EXIqBZ8u— Elon Musk (@elonmusk) February 10, 2025
イーロン・マスクの目的とは
1. xAIの知名度を向上させる
OpenAIはChatGPTを通じてすでに圧倒的な知名度を持っているため、普通に宣伝するだけではxAIは目立たない。
そこで、「OpenAI vs. xAI」という構図を作り、「OpenAIは不正をしている」「サム・アルトマンは信用できない」とネガティブキャンペーンを展開することで、xAIのほうが「正義」のように見せる。
実際、マスクがOpenAIに対する批判を強めるたびに、「じゃあxAIってどうなんだ?」 という関心が高まり、彼の企業が注目される。
2. OpenAI のブランド価値を下げる
一般ユーザーの多くは技術的な詳細よりも、感情的なストーリーに影響される。
「OpenAIは裏切った」「サム・アルトマンは不正をしている」というメッセージを繰り返せば、OpenAIに対する不信感を生むことができる。もしOpenAIの評判が落ちれば、相対的にxAIの価値が上がる。
3. 政府や規制当局への働きかけ
マスク氏は「AIの透明性と安全性が重要」と主張しており、OpenAIの営利化やMicrosoftとの結びつきを批判している。
これは単なる批判ではなく、政府や規制当局に「OpenAIを監視すべきだ」と訴えかける狙いもある。規制が強まれば、OpenAIの成長にブレーキがかかり、その間にxAIを成長させることができる。
4. マスク自身の影響力を拡大
マスク氏はもともとTwitter(現X)を「自由な言論の場」として強調してきたが、OpenAIやMicrosoftが中心となるAI開発が進む中で、自分の影響力が低下するのを防ぎたいと考えている可能性がある。
AI開発の主導権を握ることで、Xのエコシステム(Grokの普及)を広げ、最終的にはXを次世代の情報プラットフォームにしたいと考えている。
イーロン・マスク手法の成功可能性
マスク氏の戦略は、「敵を作って戦うことで、自分の支持を強める」 という典型的なプロパガンダ手法である。このやり方は、政治家やマーケティングでもよく使われる。
特に、以下のような層には効果的と言えよう。
- テック業界の懐疑派:
OpenAI の急速な成長を警戒し、「独占企業になりつつある」と考えている人々。 - 陰謀論を好む層:
「大手IT企業は不正をしている」「AI開発の裏には隠された意図がある」と信じやすい層。 - Xのコアユーザー:
X(旧Twitter)にいるマスクのファンは、彼の発言を信じやすく、OpenAI に対しても敵対的になりやすい。
このような層に対して、「OpenAIは詐欺をしている」「サム・アルトマンは詐欺師だ」という印象を植え付けることで、OpenAIのブランド価値を下げ、xAIへの移行を促すという戦略を取っている可能性が高い。
結論
この買収劇が本当に成立するのか、それとも単なる話題作りに終わるのかはまだ分からない。しかし、イーロン・マスクが単なるテクノロジー企業のリーダーではなく、大衆の感情を操作することにも長けているという事実は明白である。
今回の一件も、彼のプロパガンダ戦略の一環として考えると、彼が望む結果にならなくとも、xAIの知名度向上やOpenAIの評価低下といった目的は達成される可能性が高い。
果たして、この壮大な心理戦の行方はどうなるのか。今後の展開から目が離せない。