この物語は、ぬいぐるみが行方不明になった「ラストひとりかくれんぼ」から約2週間後頃に起きた実話です。
蜩が鳴いていた記憶があるので、季節は夏の終わり頃だったかと。たしか、まだ半袖で過ごしていました。
その日は、友達と2人で僕の地元をブラブラと散策してたんですよね。
もう高校生だというのに「遊ぶ目的が冒険」という、イマドキの小学生もびっくりのテンションで。
川へ行ったり、鳥を眺めたり、無駄に高い所へ登ってみたり——。
そうこうしているうちに、日が暮れ始め、空はすっかりオレンジ色になっていました。
もうかれこれ3時間ほど歩きっぱなしだったので、もう身体はヘトヘト。
「どこかで少し休もうか」
疲労でお互いにだんだんとお互いの口数が減っていたので、ここらでひとつ休憩を挟むことにしました。
そして、タイミングよく見慣れない公園が現れて——。
「こんなところに公園なんてあっただろうか?」
新しい公園
ふらふらと散歩をしていた場所は、いわば僕の「地元」だったので、ある程度の土地鑑はありました。
頭の中でその周辺の地図をイメージして、僕たちは「今いる場所から一番近い公園」に向かうことにしたのです。
道路の傍ら、20mほど下方には川が流れていて、水の流れる音が心地よかったのを覚えています。鈴虫のような虫の声も聞こえていました。
一番近い公園を——歩いて5分ほどの距離——を目指しスタスタと歩いていると、不意に友達に呼び止められました。
「あ。公園、あったよ」
ふと友達の目線の先に目をやると、そこには見慣れない広場がありました。最近出来たばかりなのか、僕には覚えがない。
「こんなところに公園なんてあっただろうか?」
広さは横15m縦10mほどで、遊具等は一切なく、あるのは3つほどの街灯と横幅2mほどのベンチが1つだけ、地面にはたくさんの小さな石が敷かれていました。
「他人の敷地かな?」とも思ったのですが、広場の片隅に「◯◯公園」と書かれていました。
川が通っているほうの道路側に出入り口が1つ、そこから公園内に入って左手にまた出入り口が1つ、正面と右手は民家です。
陽は落ちて外が暗いことには変わりないのですが、なんとなく「全体的に暗かった」のを覚えています。
「暗い」というよりは、その公園だけが「どんより」しているというか、「ぬめ」っとしているような、どことなく厭な感じがしました。
でも、もう友達はすでにその公園に入って、ベンチで寝っ転がってしまっていました。
僕も仕方なくその公園で休むことにしたのです。
——ジャリッ、ジャリッ——。
地面には小さな石がたくさん敷かれていたので、歩くたびにかなり大きい音が鳴ります。これがまた厭な感じなんですよ。
近付く足音
僕と友達は、ベンチの端と端に座り、お互いに向かい合うような形で座って話していました。
そのとき突然、僕の背後からこちらに向かって近付いてくるような「足音」がしました。
——ジャリッ、ジャリッ——。
公園の入り口から誰かが入ってきたとすれば、その場で分かるはずです。
小さな石が公園全体の地面に敷かれているので、誰かが公園内に踏み込んでくれば音で分かるはずなのです。
でも、その足跡は僕の「すぐ後ろ」から聞こえてきました。
僕は、驚いて、後ろを勢いよく振り返ってみましたが、そこには誰もいません。
怖い話の再現VTRでよくあるパターンですが、実際にあるものなんですね、あれって。
どうやら、友達には聞こえていないらしく、「え? どうしたの?」という顔をされました。
変人扱いをされるのも嫌でしたし、友達を怖がらせたくもないので「足音」のことは隠すことにしました。
近付く自転車
——キィー、キィー——。
今度は、友達と話している合間に、遠くから「異音」が聞こえてきました。
初めのうちは蝙蝠の声か、鳥の声かと思っていたのですが、よくよく聞いてみると、どうやら「自転車を漕いでいる音」のようでした。
新品の自転車ではなく、車輪が錆び付いた自転車を漕いでいるような、耳障りな甲高い音です。
その音がする方向の道路をちらっと見てみても、自転車はないどころか、誰もいません。
何よりも不思議だったことが、その「音が近付いてこない」ということです。
——キィー、キィー——。
ペダルを漕いでいるならば、当然、自転車は前に進むはずですが、その異音は一定の場所から動く気配がないのです。
——キィー、キィー——。
場所にすると、先ほどの見取り図の「◯◯公園」と書いてある岩沿いの道路あたりから聞こえていました。
友達の様子から察するに、この「自転車を漕ぐ音」も聞こえていないようでした。
「ううむ、これが幻聴か」
——と思った瞬間、急にその音が移動しました。
自転車を漕いでいる姿は見えないものの、急に3mほど前方に音が飛ぶように進んだように思えたのです。
道路の上を進み、また進み、今度は戻り、また進んでは、戻る——。
まるで瞬間移動でもしているかのように、飛び飛びで自転車を漕ぐような音が移動していました。
僕の挙動不審な動きに、友達もだんだんと僕のことを心配し始めました。
「大丈夫か?」
「いや、さっきから黙ってたんだけど——」
ここで初めて「幻聴が聞こえること」を友達に告白しました。
その間も自転車の音は鳴り止まないのです。むしろ、酷くなる一方なのです。
道路の上を一定間隔で移動しながら、行ったり、来たりしているのです。
この辺りから洒落にならないほど怖くなってきたのをハッキリと覚えています。
男の声
「(え゛あッ)——ふぅ——」
パニック状態になっていた矢先、ふと、「僕のすぐ耳元」でこんなニュアンスの男の声が急に聞こえました。
「(え゛あッ)——ふぅ——」
軽いため息をついているような、息を吹きかけられるような、苛立ちを抑えているような、そんな雰囲気の声でした。
低い声と吐く息が混じり合ったような、なんとも力の抜ける声でした。
ずっと続くわけではないのですが、友達との会話の合間に、その声が聞こえるのです。
まるで相槌を打っているかのような、呆れているような、そんな感じでした。
「(え゛あッ)——ふぅ——」
なぜか右耳にしか聞こえませんでした。
増える足音
——ジャリッ、ジャリッ——。
また「足音」が聞こえてきました。今度は複数の足音です。
人数が増えたというよりかは、「複数の方向から異なる足音が一斉に聞こえてくる」という感じでした。
後ろから聞こえたと思ったら、次は前方から、前方から聞こえたと思ったら、次は友達の背後から、足音が聞こえるのです。
「忍者か? 相手は忍者なのか? 僕はいま、忍の幽霊でも敵にしているのか?』
頭ではくだらないことを考えつつも、心は激しい恐怖に支配されていきました。
音、音、音。
先ほどまでは別々に聞こえていたそれぞれの異音も、だんだんと混じるようになってきていました。
「足音」が聞こえたと思ったら、「錆び付いた自転車を漕ぐような音」が聞こえ、そちらを振り返ると、耳元で「男のため息をつく声」が聞こえるのです。
本気で怖くなってきた僕は、思わずその場から立ち上がり、公園内をぐるりと一周しました。
なぜ、そうしたのかはわからないのですが、兎にも角にも、そうしたかった——今考えてみれば、そうしなければならなかったように思うのです。
「お、おい、どうしたんだよ?」
心配する友達の声も無視し、公園の中央で顎に手を当て、必死に思考を巡らせていました。
その行動は、友達から見れば「完全に頭のおかしい人間」に見えたことでしょう。
ただ、ベンチから立ち上がった瞬間からすべての異音はピタッと止んでいたのです。
僕は、安心してベンチに座りなおしました。
——ジャリッ、ジャリッ——。
——キィー、キィー——。
「(え゛あッ)——ふぅ——」
また幻聴が聞こえました。
「なんじゃこりゃあ」
これほどまでに激しい幻聴は、今まで体験したことがありません。
恐怖というか、脳が理解できていないというか、まるで夢を見ているかのような不思議な感覚がしました。
鳴り止まない正体不明の異音の猛襲に、思わず発狂してしまいそうになりました。
顔
自分でも気づかないうちに僕は、地面に顔を突っ伏すように俯いてしまっていたようです。
ベンチの上に体育座りをするような形になって、何かから身を守るように、両手で耳を塞いで——。
「おい、本当に大丈夫か? 具合悪いんじゃないのか?」
友達に肩をガッと掴まれ、ようやく自分が変な体勢でいることに気づきました。
「ああ、大丈夫。ありがとう」と言い、友達の顔に視線を移すと——。
「——誰?」
そこには「まったく知らないオッサンの顔」がありました。
友達の声だけど、友達の顔じゃないのです。どう見てもオッサンなのです。黒目が異様に大きく、鼻が通常の倍はあります。
全身にこれ以上ないぐらいの鳥肌が一気にぶわあと立ち、一切の思考などできず、僕は無言で泣きました。
恐怖で泣いたのはこれが初めてだと思います。
それまでに起きていた理解不能な現象の数々で、精神が疲弊しきっていたことも関係していたのかもしれません。疲れ、恐怖、ストレスが一気にやってきました。
その事態に、「これは只事じゃないぞ」と感じ取ってくれた友達が、僕をベンチから引き剥がすように公園から出してくれ、事なきを得たわけです。
その後、自動販売機で缶コーヒーを買ってくれ、僕にすぐに帰るように勧めてくれました。
友達の顔が違う人に見えたのは、ベンチでの一瞬だけでした。
あたたかいコーヒーを飲んだおかげか、気持ちが少し落ち着いた僕は、その後、無事に家に帰ることができました。
閉鎖される公園
その事件から約2週間後のある日、僕は恐怖を押し殺し、もう一度その公園に訪れることにしました。
正直、公園に行くのはかなり怖かったのですが、昼間の時間帯でしたし、「あの一件にケリをつけなくては」とも思っていたからです。
でも、僕の期待とは裏腹に、その公園は、この2週間の間に「閉鎖」されていました。
公園の周りをぐるりと囲むような形で、高さ2mほど鉄製の板が建てられていました。外からは、中の様子がまったく覗けないようになっていました。
「公園を閉鎖するだけで、ここまでする必要ある?」
そんな疑問が頭にぽかんと浮かんだまま、僕は消化不良のような気持ちで、「ふぅ」とため息をつき、自転車をキコキコと漕いで家へと帰っていきました。
まとめ
もしかしたら、あの公園はもともと「曰く付き」の場所だったのかもしれません。
それにしては、いつの間にかできていて、すぐに閉鎖されたような気もするのですが。
あの公園自体があったのは、おそらく、2〜3ヶ月ほどの間だけだったのではないでしょうか。
あの日のことは今でも鮮明に覚えています。男の声に、錆びた自転車を漕ぐような異音に、そして、辺りを歩き回る複数の足音——。
もし、これらが「ひとりかくれんぼ」の影響によるものだとしたらすごいことです。「ひとりかくれんぼ」は本物だった、ということになりますからね。
とにかく、あの体験はもう二度と御免です。
危険な理由、考察、体験談、後日談、副作用、使用したぬいぐるみについてまとめています。