『モンスターズ:メネンデス兄弟の物語』が映し出す心理的葛藤と法の限界【ネタバレ感想】

Netflixで9月19日から配信されている『モンスターズ:メネンデス兄弟の物語』を観たので、その感想をネタバレありでつらつらと書いていきます。

正直、この作品は気軽に薦められるようなものではありません。暴力や性的虐待など、あまりに重く、生々しい描写やシーンが多すぎる──。少なくとも家族や恋人と一緒に見るようなドラマではないですね。

しかし、だからといって単なる残酷な話として片付けていいものでもありません。むしろ、この作品は「人が人を裁くことの難しさ」と「真実とは何か」を深く問いかけてくる作品だと僕は感じました。

はじめに

『モンスターズ:メネンデス兄弟の物語』は、1989年に実際に起きた衝撃的な事件をベースに制作されています。

カリフォルニア州ビバリーヒルズで発生したこの事件は、当時21歳の兄ライル・メネンデスと18歳の弟エリック・メネンデスが両親を殺害したというもので、社会に大きな衝撃を与えました。

この事件の詳細を描くことで、ドラマは彼らの犯行動機や裁判での証言、そして、彼らが主張した両親からの虐待がどこまで真実であったのかという深い謎を掘り下げています。

しかし、僕がこのドラマを観て最も強く感じたのは、彼らの主張がどれだけ真実かという点を超えて、「人が人を裁くことの複雑さ」や「真実そのものの曖昧さ」です。

今回は、その視点からこの作品と事件を振り返り、考察していきたいと思います。

あらすじ

1989年8月20日、ロサンゼルスの高級住宅街であるビバリーヒルズの自宅にて、メネンデス兄弟は実業家で音楽業界でも名を馳せていた父ホセ・メネンデスと母キティをショットガンで殺害しました(父ホセは6発撃たれ、母キティも逃げようとするところを10発も撃たれた)。

事件直後、兄弟は「映画を見て帰宅したら両親が殺されていた」と警察に嘘の証言をし、涙を流して悲しみを装いました。当初、警察も兄弟を疑わず、硝煙反応などの証拠収集に失敗し、事件解決までには時間がかかりました。

しかし、その後、兄弟が事件後に70万ドル以上──日本円にすると当時のレートでおよそ8,750万円──の金を使い込んだこと、カウンセラーに両親殺害を告白したことが決定的な証拠となり、逮捕されることになります。

兄弟の主張:虐待と恐怖

裁判でメネンデス兄弟が主張したのは、両親からの長期にわたる虐待が殺害の動機であったということです。特に、父ホセからの性的虐待が兄弟の精神に深い傷を残し、最終的に両親を殺害する決断に至った──と。

事件の2週間前、弟エリックが兄ライルに父親から性的虐待を受けていることを告白し、それを契機に兄弟はホセに対して反抗的な態度を取り始めたとされています。

この虐待の主張が真実かどうかについては、現在でも議論の余地があります。

しかし、虐待を受けた子どもが加害者に対して恐怖や憎悪を抱くことは珍しいことではありません。特に、虐待が長期間にわたる場合、被害者は常に命の危険を感じることがあり、パニックに陥ることもあります。

兄弟が極端な行動に走った背景には、こうした心理的な要因も無視できません。

記憶の曖昧さと証言の変容

この事件では、兄弟や周囲の証言が主な証拠となりました。しかし、僕が強く感じたのは、こうした証言が果たしてどこまで正確なのかということです。特にトラウマ体験が絡むと、人間の記憶は簡単に歪んだり変わったりします。

例えば、認知心理学では「フラッシュバルブ記憶」という概念があります。これは非常に衝撃的な出来事を、あたかも鮮明に覚えているかのように感じるものですが、実際には記憶が不正確だったり誤っていることが多い現象です。

メネンデス兄弟の証言も、この現象の一部として説明できるかもしれません。虐待があったと主張する彼らの証言も、時とともに変化し、曖昧さが増していった──と考えれば辻褄が合います。

虚偽記憶という可能性

さらに、この作品を観て僕の頭にふと浮かんだのが「虚偽記憶」の可能性です。これは、実際には経験していない出来事があたかも事実であったかのように記憶されてしまう現象です。

僕が過去に読んだ犯罪心理学の書籍にも、似たようなケースが紹介されていたことを思い出しました。特にカウンセリングやセラピーの場では、カウンセラーが不適切な質問を投げかけることで、クライアントが誤った記憶を形成することがあります。

この「虚偽記憶」は「記憶の再構築」とも呼ばれ、特にトラウマ体験が絡むとそのリスクが高まります。メネンデス兄弟も、父親ホセの勧めでカウンセラーに通っており、そのカウンセリングが彼らの証言に影響を与えた可能性も考えられます。

実際、彼らがカウンセリングの過程で虐待の記憶をより強く意識するようになったことは、裁判における大きな争点となりました。

事件発覚までの経緯

事件が発覚するまでの流れを振り返ると、まず弟のエリックがカウンセラーのジェローム・オジエルに両親の殺害を告白します。

オジエルはこの告白を、当時不倫関係にあったジュダロン・スマイスに打ち明け、彼女がビバリーヒルズ警察に通報。結果として兄弟の自供テープが決定的な証拠となりました。

ここで気になるのが、オジエルの行動が倫理的に問題であったかどうかです。通常、カウンセラーはクライアントの秘密を守る義務がありますが、彼はその信頼を裏切る形で自供を漏らしてしまいました。もちろん、彼が告白内容の深刻さに恐れを抱いた可能性は否定できませんが、それでも彼の行動には疑問が残ります。

また、オジエルがカウンセリングの過程で兄弟に暗示的な影響を与えた可能性も無視できません。特に、彼らがどのような心理状態でカウンセリングを受けていたのか、どのような質問が投げかけられていたのかは非常に重要なポイントと言えるでしょう。

虚偽記憶が形成される際、カウンセラーの誘導が大きな役割を果たすことがあります。たとえば、幼少期の虐待の記憶が後から再生されるケースでは、カウンセラーがその記憶を引き出そうとするあまり、誤った記憶を植え付けることがあるのです。

しかし、作品内で説明があったように、カウンセリング段階ではメネンデス兄弟から幼少期からの虐待の話は出なかったとされています。ただし、仮に虚偽記憶が時間差で形成されたと考えると、オジエルのカウンセリングが兄弟の犯行に間接的に加担していた可能性──意図的かどうかはともかく──も捨てきれないのではないでしょうか。

虐待の連鎖と社会的な影響

虐待は、親から子へと世代を超えて連鎖することが多いと言われています。

もしメネンデス兄弟が主張する虐待が本当であったならば、それは一種の「虐待の連鎖」として理解できるかもしれません。ドラマ内では、ホセ自身も父親から虐待を受けていたという描写がありましたし。

また、2023年には「メヌード」の元メンバーであるロイ・ロセロが、ホセ・メネンデスから性的虐待を受けていたことを告発しました。この新たな証言が兄弟の主張を裏付けるものとなるのか、あるいは新たな展開を引き起こすのかはまだ不明です。

しかし、この告発は、被害者が長年の沈黙を破って声を上げることの難しさと、社会的なプレッシャーの大きさを物語っていると言えるでしょう。

そもそも、トラウマに関する記憶は抑圧されていることが多く、思い出すこと自体が困難であるケースは珍しくないんですよね。ここも多くの人が勘違いしやすいポイントかと思います。

金銭の欲望と道徳の歪み

もう一つの重要なテーマは、金銭の欲望が人間の道徳感覚をいかに歪めるかという点です。

メネンデス兄弟が犯行後に約70万ドルもの金を散財した事実は、彼らが金銭的な欲望に動かされていたのではないかという疑念を強めました。殺人後の行動から見る限り、彼らの罪悪感が薄れていたように見える点も考慮すべきでしょう。

心理学の観点から見れば、大金を得た際に人間が自己制御を失い、道徳的な判断を曇らせることは珍しいことではありません。お金そのものが悪いわけではありませんが、それに固執することで人間の倫理感が薄れ、罪悪感が麻痺することが指摘されています。

参考までに、アメリカでは約70%の宝くじ当選者が数年以内に全財産を失うという報告があり、当選から3年から5年以内に破産するケースも多いとされています。

こういった点において、メネンデス兄弟の豪遊は金銭的欲望と道徳の歪みが露呈した瞬間とも言えるでしょう。

裁判と法の限界

この事件では、裁判の過程そのものが大きな注目を集めました。特にメディアが大々的に報道し、国民の関心を引きましたが、第一審では陪審員が意見を一致させられず、評決不成立に終わりました。

その後の再審で2人は仮釈放なしの終身刑を言い渡されましたが、ここで浮き彫りになったのは、証言に依存する裁判の難しさです。

物的証拠が乏しい事件では、証言が裁判の行方を左右することが多々ありますが、前述のように人間の記憶は変わりやすく、信頼性に欠ける場合もあります。

これは法の限界でもあり、特に心理的要因が絡む事件では、その限界が顕著に現れます。

裁くことの難しさ

この作品を通じて改めて感じたのは、「真実」を求めることの難しさです。事件の事実関係はもちろん重要ですが、人間の心理や記憶がいかに不確実で曖昧なものであるかを考えると、一概に「正しい判断」を下すことがいかに困難か痛感させられますね。

裁判において、証言や記憶がどれだけ信頼できるのかを問うことは常に重要ですが、それ以上に「誰もが持つバイアスや記憶の歪み」を認識することが、今後の司法制度においても求められるのではないでしょうか。

『モンスターズ:メネンデス兄弟の物語』は、決して単純な事件を描いた作品ではなく、人間の複雑な心理と記憶の曖昧さを鮮明に描き出した、深いテーマを含んだ作品です。

観る者にとっては、裁かれる側と裁く側、どちらの立場も想像し、考えさせられる内容であると思います。

お気に入りのシーン

第5話:弟エリックの告白。30分にわたる迫真のワンカット演技

このドラマで特に僕が気に入っているのは、第5話──弟のエリックが自らの虐待体験を刑務所内で弁護士に告白するシーンです。

30分ほどの長尺をワンカットで撮影しているのも驚きですが、何より、エリック役の俳優の演技が鳥肌ものなんですよ。話し方、間の置き方、涙を流したり、ふと無表情になったり、怒りをあらわにしたりといった表情──。

正直、5話を観るためだけにドラマを観てもよいと言えるぐらい、画面に引き込まれましたね。

第6話:ホセが兄弟にプレゼントした本の内容をそらで読むシーン

あとは、第6話。メネンデス兄弟が両親と過ごしたクリスマスの記憶で、父親が兄弟に本をプレゼントし、その内容をホセがそらで読むシーンです。

今日から己の感情の支配者となる。
今この時から己の中にどんな性格が目覚めてもコントロールする覚悟はできた。
ポジティブな行動で自分の気分をコントロールすれば、運命もコントロールできる。

Today i'll be master of my emotions.
From this moment, I'm prepared to control ehatever personality awakes in me.
I will control my moods through positive action.
And when i control my moods i control my destiny.

調べてみたら、1968年に出版され、全米200万部、世界で300万部を記録したオグ・マンディーノの大ベストセラー『The Greatest Salesman in the World(邦題:世界最強の商人)』の一節でした。

僕は日本語の吹き替えで観たんですが、父親ホセの声優が大塚明夫なんですよ。範馬勇次郎、マーシャル・D・ティーチ、オール・フォー・ワンの声の人──と言ったら分かりやすいでしょうか。

渋い声でカッコいいこと言うものだから、もう、痺れるのなんのって。

結論、このドラマは第5話と第6話のためだけに観てもよい。

また、Netflixでは10月7日に、メネンデス兄弟が事件について語り、その衝撃的な犯罪や事件を巡る裁判について検証するドキュメンタリ ー『メネンデス兄弟』も公開されるようなので、そちらも観てみるつもりです。

映画『アグリーズ』考察とネタバレ感想

人はなぜ「悪」に惹かれるのか?

精神疾患と犯罪についての誤解はなぜ起きるのか?

刑罰は「復讐の代行」ではない。司法における求刑や刑罰の目的とは

お金の不安とその根本的な問題とは?抑圧の道具としての「お金」