目の錯覚はなぜ起こる?←脳による「視覚世界の大規模再解釈」のせいだった

もし目の前にある現実が、実は「脳の高度な処理を経たイメージ」だったとしたら、あなたはどう思いますか?

つまり、今こうして目に映っている視覚情報が、すでに脳によって書き換えられた・・・・・・・イメージだとしたら——。

ちょっと怖いですよね。実際のところはどうなんでしょうか?

人間は目ではなく、脳で見ている

結論から言えば、意識的な視覚経験は——目から受け取ったなまの入力情報とはかけ離れた——高度な処理を経たイメージです。

仮に、網膜に映る通りに外界を見ているとしたら、

  • 網膜を覆ってる血管が邪魔すぎる
  • 目の焦点を移動させる度に視界がぼやけて大変
  • 脳へと伸びる視神経(盲点)に穴があいてるように見える

という非常に不快な思いをします。

では、どうやって僕たち人間は、実際にものを見ているのでしょうか?

無意識に世界を大規模に再解釈している

フランスの認知神経科学者であるスタニスラス・ドゥアンヌ氏は『意識と脳──思考はいかにコード化されるか』にて、

——私たちが実際に見ているのは、視覚世界に関する過去の類似の経験に基づく大規模な再解釈によって、網膜や盲点の欠陥が修正され、目や頭が動いても外界の像が安定するよう矯正された三次元の光景なのである。

と言っています1

つまり、今見ている光景は無意識のうちに実行された高度な処理——大規模な再解釈——によってつくられたイメージ、ということです。

このことを体験する上で有効なのが、「錯覚」や「錯視」と呼ばれるものです。

錯視を体験してみる

カナダ発信の科学YouTubeチャンネル「AsapSCIENCE」の動画では、かんたんに錯視を体験することができます。

ぜんぶ英語なので、一応ひとつずつ解説していきますね。

左目を閉じて、右目で十字を見ながら、顔を画面に対して前後で動かしてみてください。ある場所で、右の黒い点が見えなくなります。

なぜこんなことが起きるのかと言うと、これが「盲点」だからです。黒い点が、盲点の領域に入ってしまったんですね。

人間は、目から入ってきた情報(光)を網膜でキャッチし、視神経を通じて脳に送っています。この眼球からつながっている視神経の束が盲点です。

盲点部分は網膜がないので、領域に入った対象物は見えなくなってしまうんですね。

上の画像には「黒い点」が12個あるんですが、すべて同時に見えますか?

ひとつの黒い点を見ていると、他の点が見えなくなってしまう——これは、脳が「きっとグレーの線が続いてるだろうな」と無意識に予測することで、黒い点が認識されなくなる現象です。

真ん中の赤い点をじっと見つめてみてください。見つめ続けていると、ある時点で青い輪っかが消える瞬間があります。

これは、赤い点を見続けることで「青い輪っかの情報は変わらないみたいだし、必要ないよね」と脳が無意識に認識して、消してしまっているんですよね。

目だけではない錯覚

このように脳は、瞬時のうちに目から入ってくる情報を処理して、視覚世界の大規模な再解釈を実行し続けています。

脳の注意が妨げられることによって、気づかないうち——無意識に視覚世界を大改変してしまっていることがよくあります。

普段どれだけの情報を脳が"見ないことに"しているか——を分かりやすく体験するために、ロンドン交通局の依頼で制作された探偵ものの短いビデオを見てみましょう。

すべて英語ですが、分からなくても問題ありません。最後まで観てみてください。

イギリスの名高い探偵が、三人の容疑者を尋問し、最後にそのうちの一人を逮捕する——というシーンです。

一見、何も疑わしいところはないように思えますが、同じシーンを別のカメラで撮影された映像を見ると、どれだけ多くの変化を見逃しているのかが分かります。

5人のアシスタントが家具を交換し、はく製のクマを鎧と置き換え、コートを着替え、手に持っているものを取り替える——。

壁にかけてある絵画もちがうものと交換されていますし、何なら被害者さえ別人になっています。

1分にも満たない映像の中に、なんと21箇所もの変化が隠れていることが分かります。

最後に流れているのは、ロンドン市長の「注意を向けていないものを見落とすことは実に簡単だ。混雑した道路上では、これは致命的になり得る。自転車に気をつけよう」という言葉です。

まったくもってその通りで、人間の脳は驚くほど多くの情報を常に再解釈して新しい視覚世界として見せているだけに、現代社会においては脳の機能が危険を生むこともあるんですね。

まとめ

まだまだ未知の部分が多い脳ですが、これだけ無意識のうちにとんでもないことをやってのけるぐらいです、きっととてつもないパワーを秘めていることは間違いないでしょう。

これまでは「偶然」や「スピリチュアル」といった言葉で片付けられていた事象でさえ、実は脳によるものだったということが科学的に判明するときがそう遠くない未来に訪れるかもしれません。

  1. 『意識と脳──思考はいかにコード化されるか』(スタニスラス・ドゥアンヌ, 紀伊國屋書店, 2015, p.86)