AIに記事を書かせるブログ運営法に関する考察

僕は最近、AIに記事を書かせるスタイルでブログ運営を試しています。直近で書いた30記事のうち、約5割ほどはAIによる執筆です。

こうした方式を採用した理由はいくつかありますが、一番大きな理由は、このブログ自体を閉じようか悩んでいたことにあります。

長年運営しているブログですが、正直なところ、過去5年間ほどは文章を書く欲求がほとんど湧きませんでした。

文章を書きたい時は、手書きでノートにざっと書くか、別の場所で運営しているブログに書いたほうが価値があると感じていたからです。

そんな中、以前から「AIによるブログ運営」に興味があったので、半ば放置気味であったこのブログを再利用し、AIを使った運営を再開することにしました。

これはアクセス数や収益化を目的としたものではなく、あくまで実験的な試みであり、今後のAI活用法を模索する一環です。

今後、AIの性能はさらに向上するでしょうし、AIを使って自分の思考を素早く形にする方法を習得しておくのは悪くないと考えています。

AI記事の価値について

ひとつ疑問として、AIに書かせた記事に価値はあるのか、ということがあります。

僕の考えでは、きちんとサイト設計をし、リサーチをしたうえで、ユーザーに役立つ情報を網羅的かつ丁寧に提供できれば、AIが書いたかどうかはあまり重要ではないように思います。

ただ、このブログでは、あくまで「自分の人格を通して出力されたAIの雑記」という点を重視しています。

これは個人的な実験であり、モーニングページを日課としている僕にとって、手書きのノートに思考や観念を書き出す作業の延長とも言えます。

つまり、AIを使うことで自分の考えを整理し、どこかにアウトプットすることが、どう自分に影響を及ぼすのか──という実験です。

AIの特性とアウトプット

実際にAIに記事を書かせてみて気づいたのは、視点や切り口が違うと、AIの出力も異なるということです。当たり前ですが。

当初は「AIによる執筆は、平均化された、平凡なものになる」と思っていたのですが、どうやらそれは早計だったようで。AIは、まだまだ多様な出力をする可能性を持っていると感じています。

とはいえ、手書きの文章とはやはり違いますね。AIが書いた記事にはどこか違和感があり、脳の排水──頭の中をすっきりさせる作業──としての効果は手書きよりも薄いように感じます。

また、AIの思考パターン、つまり平均的な考えが自分の中に侵食してくるような感覚もありますが、奇しくも、普段の否定的な考えや批判的な思考を和らげる効果ともなっていて面白いです。

自分というフィルターを通して出てきた考えを一箇所にまとめておくだけでも、それはそれで役に立つ「価値」と言えるのではないでしょうか。

AIでの文章執筆の効果

AIを使って気軽に文章をアウトプットすることで、普段なら見過ごしてしまうような小さな思いでも整理できる点はメリットと言えます。

アウトプットの敷居が下がったため、文章を書く前の"面倒臭さ"が弱まったように感じるんですよね。

僕は普段からノートにメモを取る習慣がありますが、最近、過去のノートを見返していると「精神が安定している時の共通点」に気づきました。

それは、よく眠れている、散歩や運動をしている、そして文章をよく書いているという点です。

これらの要素はすべて繋がっていて、よくアウトプットし、よく運動していれば、よく眠れるということなのだと思います。

精神的に調子が悪くても、散歩をして文章を書くことで、ひどく落ち込むことは避けられる気がしています。

まとめ

AIによる文章執筆が僕のアウトプットとして有効に働いているかはまだわかりませんが、やらないよりはやったほうがいいと感じています。

1記事あたり15〜30分で書けるため、大して時間も取られませんし、自分と向き合うきっかけにもなっています。

ただ、AIの書いた文章は味気なく、どこかつまらない印象を受けることもあるので、今後、少しAIのトレーニングが必要かもしれません。

もっとも、なんとなく浮かんだ自分の考えをAIに文章にしてもらうだけで何か心が少し軽くなるので、それだけで十分すぎるほどの効果なんですけどね。

これが、収益がどうとか、アクセスがどうとかいう方向に走ると、それはまた違う実験になってしまいます。

少なくとも、このブログでは「AIによるお手伝いのもとの雑記」をメインとして、だらっと更新を続けていきたいと思っています。